「上野」の地名の由来は?
「上野」の地名の由来
- 上の方に野原があったことに因んでいるという説。
- 「伊賀上野」に似ているからという説。
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小野篁が「上野国」で任を終えた後でここに滞在し、地元の人が「上野殿」と呼んだことに由来しているとする説。
1. 上の方に野原があったことに因むとする説
1つめの説は地形によるもので、台地上に野原があったことに因んでいるというものです。
確かに現在の上野公園周辺は上野駅東側と比較して海抜が高くなっています。
同じ台東区内に「下谷」という地名もありますが、これは上野に対して低いところにあることからそう呼ばれています。

2. 「伊賀上野」に似ているからとする説
「上野」という地名は全国各地にあり、伊賀国(現在の三重県西部)にも同名の地名があります。(現在の三重県伊賀市上野)
伊賀国の領主であった藤堂高虎がこの地の地形が伊賀上野に似ていたことから「上野」と命名したというものが2つ目の説です。

藤堂高虎(1556年〜1630年)
ちなみに、伊賀上野の地名の由来としては1.で紹介した説と同様、「台地の上の野原」から来ているとされています。
3. 小野篁が「上野殿」と呼ばれたことに由来するとする説
3つ目に紹介する説は平安時代にまでさかのぼります。
平安時代初期の公卿であり歌人でもあった小野篁は「上野国」(現在の群馬県)で国事の任を終えて京都へ帰る途中に、上野照崎(忍岡とも、現在の上野公園一帯)にしばらく滞在しました。

小野篁
そこで住人たちを教化したことで「上野殿」という呼び名で慕われるようになり、それに因んで「上野」という地名になったとする説です。
仁寿2年(852年)に篁が亡くなると、彼を祀って小野照崎神社が創建されました。
小野照崎神社は寛永年間(1624年〜1643年)に寛永寺の建立のために移転され、現在は台東区下谷にあります。



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