「神奈川」の地名の由来と歴史

 

 

「神奈川」の地名の由来は?

「神奈川」の地名の由来

  1. 「上がない川」を意味する「上無川」が転じたとする説。
  2. 「金川」が転じたとする説。

 

「神奈川」の地名の由来は諸説あり、はっきりしたことはわかっていませんが、いずれにせよ川に関係する地名であるという点は共通しています。

1. 「上無川」が転じたとする説

かつては神奈川県内(現在の神奈川小学校付近)に「上無川かみなしがわ」という川が流れていました。
一説ではこの上無川が「神奈川」の由来であるとされています。

↑神奈川小学校近くにある上無川跡。

「上無川」とは、水量が少なくて水源地が分からないということから「上がない川」としてと名付けられたもので、それが省略されて「かな川」になったとされています。

上無川

金川砂子かながわすなご』(文政7年(1824年))内に見られる上無川

県名の由来とも考えられている上無川ですが、関東大震災後の復興計画によって昭和4年(1929年)に埋め立てられてしまいました。

 

 

2. 「金川」が転じたとする説

「金川」という名前については古代にまでその由来を遡ることができます。

日本武尊やまとたけるのみことが東方へ赴くために「上無川」で船出の準備をした際に、倭姫やまとひめからもらった宝剣が金色に輝いて川面に映ったことから「金川」と名付けられたといういわれがあります。

時は下って、源頼朝が金川を見た際にその美しさを賞賛し、「神を大いに示す川」であるとし、金川→神大示川→神奈川と転じたという説もあります。

 

「神奈川」の地名の歴史

現在では県名にもなっている「神奈川」ですが、県名になるまでの歴史を辿ってみましょう。

鎌倉時代

「神奈川」の地名が記録されている最古の文書は『鶴岡八幡宮文書つるおかはちまんぐうもんじょ』というもので、その中に収められた文永3年(1266年)の北条時宗ほうじょうときむね下文くだしぶみに「神奈河郷かながわごう」という記載があります。
なお、下文とは上位者が下位者に向けて出した文書のことです。

また、鎌倉時代以降は「神奈川みなと」という港の存在が確認されており、それは現在の神奈川県横浜市神奈川区に位置していました。

 

江戸時代

江戸時代には、神奈川湊の近くに「神奈川宿」という東海道の宿場が設けられました。

神奈川宿

神奈川宿(歌川広重『東海道五十三次』より)

 

幕末の1853年に、おなじみペリーが浦賀に来航し、日米和親条約締結を経て日米修好通商条約も締結することになりますが、この日米修好通商条約では神奈川の開港が内容として含まれていました。

しかし古くから港や宿場として栄えていた神奈川を開港することは幕府としては望ましくありませんでした。
結果として神奈川港の対岸にあった横浜を神奈川の一部であると主張して、横浜を開港することとしました。

なお横浜港の開港後は横浜に各国領事館などが集結し、現在の横浜の発展に繋がっています。

 

明治時代以降

明治元年(1868年)の6月には神奈川府が成立し、同年9月には神奈川県に改称されました。

明治22年(1889年)には旧神奈川町を含む神奈川町が成立位sましたが、明治34年(1901年)に横浜市に合併されました。

 

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